COLUMN

 
 
2024.2.16

 

日本人デザイナーが陥りがちな、
ネイティブにとって読みにくい
英文統合報告書レイアウトの失敗例7選

2024.2.16

 

日本人デザイナーが陥りがちな、ネイティブにとって読みにくい英文統合報告書レイアウトの失敗例7選

読みにくい英文レイアウト

日本企業が発行している英文統合報告書は、多くの場合、まず日本語版を制作し、その和文を英訳原稿に差し替えるという流れで作られています。しかし、普段英文を読むことが少ないDTPオペレーターがこの差替えレイアウトを担当すると、非常に読みづらい紙面になってしまうことがままあります。和文を単純に英文に置き換えただけといった稚拙な紙面は、企業イメージの低下にも繋がりかねません。今回は、そんな典型的な事例とそれらを避けるためのコツをご紹介します。
 

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日本企業が統合報告書決算説明会資料などの英語版を作成する場合、ほとんどの場合、日本語版のレイアウトデザインがそのまま流用されています。言語によって情報の質や量に差が生じることは、ユニバーサルなIRという観点からも望ましくありませんので、このアプローチ自体は妥当でしょう。ただ、問題はその見た目です。英語ネイティブあるいは普段から英語に接しているが見ると、明らかに読みづらいものが多くあります。その原因は、大抵の場合、欧文組版の定石に対する認識不足で、和文組版(文字サイズ、行間、コラム幅など)の設定がそのまま流用されてしてしまっているケースも多くあります。

以下、典型的な例をいくつか見てみましょう。

1.  行間が広すぎる

 

 
「社長メッセージ」など、文章主体で比較的余裕のあるレイアウトが組まれている場合に起こりがちなパターンです。一般に日本語の文章を英訳してそれを同等サイズの英文テキストに置き換えると、物理的なボリュームは1.2〜1.3倍程度に増えます。それを同じスペース内に収めようとすると、必然的に英文テキストのポイント数を下げざるを得なくなります。しかし、文字のポイント数だけを下げて、行間のポイント数を変更しない人が結構います。そうすると、文字サイズに比して行間が広すぎるため、テキストがパラパラして、読みにくくなってしまいます。

では、どのくらいの行間が適切なのでしょうか? フォントの種類やコラム幅(行の長さ)、原稿の性格などによっても変わってきますが、大まかに言うと、本文の場合、テキストのポイント数の1.1〜1.3倍(本文が10ptなら、行送り11〜13pt)くらいまでが読みやすい行間だと言えるでしょう。普段から英文を読み慣れている人であれば、感覚的に読みやすい行間が分かるのですが、そうでない人はこの行間を意識してレイアウトした方が良いでしょう。
 

 
上のレイアウトの本文の行間を調整した例。

2.  コラム幅が広すぎる(1行あたりのワード数が多すぎる)

 

 
「コラム幅」とは、日本語で言う「段組み」の段の幅(=「組み幅」)のことです。この場合、「広すぎる」と言うのは、文字サイズとの関係における相対的な広さ(長さ)です。「行が長すぎる」と言い換えても良いでしょう。本来、行の長さは、読み手の目が次の行頭に移る際に眼球を動かしていると意識しない程度にするのが理想です。しかし、英訳版ではテキストのボリュームが元の和文より増えるため、文字のポイント数だけを下げてコラム内に収めようとするDTPオペレーターが多くいます。そうすると、1行あたりの単語数が増え、その結果、読み手は、各行末で眼球を右から左に戻す動作を意識しなければならなくなってしまいます。書体にもよりますが、1行に15ワード程度以上もあると、大抵の人は読みにくさを感じてしまいます。

これを回避する方法のひとつに、段組み(コラム)の数を増やすという方法があります。下の画像はその例ですが、こうすることで、読者が目の動きを意識しなくても良い程度の組み幅になります。また、こうすることで、文字サイズを極端に下げなくても限られたスペースにテキストを収めやすくなります。
 

 
本文を2コラム立てにして行幅を短くすることで目の動きが小さくて済むようになり、読みやすくなります。

3.  1行のワード数が少なすぎる

 

 
このパターンは、サイドコラムや、写真の横のリードなど、テキストを配置するスペースが限られている場合に起こりがちな例です。上の画像のように、1行に2ワード以下の行が続くと、読み手は息つく暇もなく行から行へと目を動かさなければなりません。加えて、段落や文全体がひと塊に見えてしまうため、1ワードずつ読み進める意欲が無意識のうちに減退してしまいます。

このような場合に有効な手段のひとつに、コンデンスドフォントを利用する方法があります。「コンデンスドフォント」(condensed font)は、そのフォントファミリーの通常形(regularもしくはnormal)よりも狭い横幅でバランスが取れるようデザインされたフォントのことで、当然ながら、同じスペースにより多くの文字を収めることができます。
 
コンデンスドフォントは少し詰まった印象になるため、テキストボリュームの多い本文にはあまり推奨できませんが、スペースが限られている狭いコラム内や図表内、キャプション、見出しなどにおいては有効な選択肢です。このほか、例えば、和文でボールドタイプが使われていても英文ではボールドを避けたり、書体によっては、文字のボリューム感を和らげられる「light」や「thin」などのバリエーションを使う方法も考えられます。何れの場合も、3ワード未満の行が続くようだと読み手はストレスを感じてしまいますので、1行に極力3ワード以上収めることを意識すると良いでしょう。
 

 
組み幅が狭い箇所では、コンデンスドフォントの使用が有効な場合があります。(コンデンスドフォントについては、 以前のコラムでも詳しく触れています)

4.  段落替えが明確でない段落始まり

 

 
英語の文章で段落(パラグラフ)替えを示す場合の表記方法は、大きく分けて2種類あります。ひとつは英文編集スタイルガイド『シカゴ・マニュアル・オブ・スタイル』やAPAスタイルで推奨されている方法で、新しい段落の1行目の先頭をインデント(一定幅右にずらす)するやり方で、和文の場合の字下げと同じような形です。もうひとつは、アソシエイテッドプレス(AP)スタイルブックで推奨されている方法で、インデントをしない代わりに、段落と段落の間に1行程度の空白行を設ける方法です。
 
なぜこのようなルールがあるのか? それは、ひとえに文章を読みやすくするためです。また、段落が改まったことを明示する働きもあります。例えば、段落の最終行がちょうど行末で終わった場合、読み手は段落が変わったことを認識できないかもしれません。インデントや空白行があることで、それが一種の「つかみ」(アイキャッチ)になり、読み手は段落の始まりを認識しやすくなります。また、そうすることで、例えば、段落の途中から文章を読む場合にも読みやすくなります。
 
上のふたつの方法のうち、空白行を設ける方法は元々主に事務的な要件のビジネスレターや技術論文などで用いられてきたものですが、ウェブページやオンライン文書の普及とともにより頻繁に用いられるようになりました。しかし、印刷を想定した文書、とりわけ日本企業の統合報告書のようにコンテンツが詰まっているページにおいては、この方法はあまり有効とは言えないかもしれません。図表などで文字が詰まっている箇所が多い一方で、段落替えに1行分の空白を設けることはスペースパフォーマンスがよくありませんし、見た目にもパラパラとして読みづらさに繋がってしまうからです。
 

 
改段落の際は、段落始まりをインデントするのが最も一般的な方法です。

5.  両端揃えによる単語/文字間の空きすぎ/詰まりすぎ

 

 
英文の本文の文字組みは、通常、「ラグ組み」(=行頭揃え)か「ジャスティファイ」(=両端揃え/箱組み/ジャスティフィケーション)かの何れかを用います。「ラグ組み」という言葉は英語の「ragged」(不規則な、ぎざぎざの)から来ており、通常の左揃えの場合、行末が一定のラインで揃わず、ばらける組み方のことです。一方、「ジャスティファイ」(justify)は元々「正当化する」という意味の単語ですが、編集用語としては「両端を揃える」の意味です。和文の本文はデフォルトがこの組み方なので、和文しか扱っていない人はあまり意識しない言葉かもしれません。何れの組む方にも一長一短があり、単純にどちらが良いとは言えませんが、日本企業の英文コーポレートレポートを見ると、概してジャスティファイが用いられているケースが多いように思えます。明確な意図でジャスティファイが選択されているのなら良いのですが、和文版で両端揃えになっているテキストボックスに単純に英文を流し込んでいるだけといった印象のレイアウトも時々見かけます。

英文で「ジャスティファイ」を選択した際に気を付けたいのが、単語間や文字間の空きです。和文組版は、1字1字が「仮想ボディ」と呼ばれる正方形の枠に収まる構造になっていますので、各文字間の空きが大きく異なることはあまりありません。しかし、欧文は文字単位ではなく単語単位で配置されるため、単語を構成するアルファベットの数によって、単語間の空きに差が出ることがままあります。とりわけコラム幅(組み幅)が狭いサイドコラムリードキャプションなどで、この現象が起こりがちです。コラム幅が狭いと、1行に収まる単語数が限られるため、単語の長短によって単語間や文字間の空きに差が出やすいのです。

このような場所には、ラグ組みを用いた方が、見た目にもきれいで読みやすい印象に仕上がります。もしどうしてもジャスティファイを用いなければならない場合は、コラム幅やトラッキングなどを微調整した方が良いでしょう。また、ある程度文章量のある本文においてジャスティファイを用いる場合は、ハイフネーション設定を用いることをお勧めします。日本企業の中にはなぜかハイフネーションを嫌うお客様が時々いらっしゃいますが、一番重要なのは読み手にとって読みやすいかどうかです。そういう意味で行末にハイフンが連続するような設定は避けるべきですが、ハイフンを用いないことにこだわるあまり文字間や単語間がまちまちになったのでは本末転倒です。
 

 
幅の狭いコラムでは、「ジャスティファイ」よりも「ラグ組み」を用いた方が単語間の空きに差が出ず、きれいに収まります。

6.  余白が少なく、窮屈に見える

 

 
上の2.でも述べたように、日本語の文章を英訳してそれを同等サイズの英文テキストに置き換えると、物理的なボリュームは1.2〜1.3倍程度に増えます。日本企業の統合報告書は、日本語版の時点でページ内に情報を詰め込みぎみのレイアウトデザインが多いですが、これを英語に置き換えるとより一層窮屈に見えてしまいます。そんな中、分量の増えた英文を収めるために、和文版よりも余白を狭めてしまっている例も見かけます。囲み記事などで多く見られるケースです。

もし日英2カ国語で統合報告書を作成することが最初から決まっているのでしたら、日本語版を作成する時点でスペース的に余裕のあるデザインにしておくことをお勧めしますが、詰め込みぎみの日本語版が既に出来上がっている場合にも対処法はなくはありません。上の3.で述べたのと同様、同じフォントファミリーのコンデンスドフォントを用いたり、コンデンスドがなかったり、文章量的に適当でないと考えられる場合には、「light」「thin」など少しでもボリューム感が減少するフォントを選択したりといった方法です。また、囲み記事のようなスペースが限られた場所では、テキストをジャスティファイで組むと窮屈感が増長されます。そのような場合は、ラグ組みでレイアウトした方が窮屈さが緩和できることも憶えておくと良いでしょう。
 

 
上と同様の囲み記事に同じフォントファミリーの「light」を用い、ラグ組みにした例。キャプションにはコンデンスドフォントを使用。

7.  原稿を読ませようという意図が感じられない

 

 
日本企業の英文コーポレートレポートは、タイポグラフィを活かしてメッセージを強調したり、何かを伝えようとする意図が感じられないものが多いと感じます(タイポグラフィとは、文字を情報として読みやすく配置するレイアウト手法のことです)。海外企業の同種のレポートを見れば分かると思いますが、それらの紙面は多くの場合、タイポグラフィにもっとメリハリがついています。そこでは、強調したいワードとそうでないワードとの間で文字のウェイト(太さ)で差を付けたり、本文の始まりにドロップキャップを設けるなど、読み手の目を惹きつける工夫がなされています。

日本企業の英文コーポレートレポートにはこのような工夫がほとんど見られません。例えば、「A Message from the President」、「Our History」、「Corporate Governance」といった本来その言葉自体にさほどメッセージ性のないフレーズが大きく太い文字で「主張」しているかと思えば、経営方針を訴求するコピーがダラダラとメリハリなく続いていたりするといった具合です。英文「差替え」レイアウトを担当するDTPオペレーターに海外企業のような「デザイン」を求めるのは酷かもしれませんが、ちょっとした工夫をすることで、内容がもっと伝わりやすい紙面になることも事実です。
 

 
上の社長インタビューページの表題部分とリード部分を調整した例。メッセージ性が特にない表題はあまり主張しないようにする一方、CEOの方針として強調したいワードをボールドタイプにしてアイキャッチになるようにしています。

 
以上7つの例を見てきましたが、ほかにも「見出しと本文の文字サイズが極端に違う」や「書体の種類の使いすぎ」といった例も、日本企業の英文レポートによく見られる違和感のあるレイアウトデザインの特徴です。海外の読者にとって稚拙に見えるこのようなレイアウトデザインを避けるには、普段から英文出版物を読み慣れ、そういったデザインに精通しているデザイナーやDTPオペレーターに英文レイアウトを任せるのが、最も簡単かつ安心な方法でしょう。このことを象徴するような文言が、米国の有力ストックフォトサービス「シャッターストック」(Shutterstock)のブログコンテンツ(英語)に載っていました。「次のプロジェクトで避けるべき、よくあるタイポグラフィの間違い15項目」という表題のこの記事の最初の項目「内容を無視する」(Ignoring the content)の冒頭に次のように記載されています。
 

It’s Typography 101: You must know the contents of your document. Many designers ignore this crucial rule, even though the copy carries equal weight in a design.
 
タイポグラフィの基本中の基本──文書の内容を理解すること! 原稿はデザインそのものと同様の重みを持っています。にもかかわらず、この重要なルールを無視してしまうデザイナーが多いのです。
 
出典:Shutterstock "Avoid These 15 Common Typography Mistakes on Your Next Project"

 
あなたの会社の英文統合報告書は、その内容をしっかりと理解できる人によってレイアウトされていますか?
 
 

※上記の各サンプル画像は、この記事用に独自に作成したものです。(他者に帰属するレイアウトなどは使用しておりません)

(了)

デザインクラフトでは、英文アニュアルレポート/統合報告書、英文パンフレット/ブロシュアのデザインのほか、和文から英文への差し替えレイアウトなどのご相談も承っております。企画からライティング、翻訳、デザイン〜DTPまで、ワンストップでの対応も可能です。詳細をお知りになりたい方は、Contactよりお気軽にお問い合わせください。

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Author

筆者:吉田周市
デザインクラフト代表。クリエイティブディレクター/翻訳者。海外広報専門の制作会社に12年在籍し、大手広告会社、証券系IR会社、電子部品メーカー、金融機関、経済メディア、官公庁、国際機関、在日大使館などを主要クライアントとして英文広報・IR関連のクリエイティブ業務・翻訳業務に携わる。2008年に現事務所を立ち上げ、以来、京都を拠点に多言語でのPR/IRクリエイティブの企画・制作と翻訳業務を続けている。
主な訳書

新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植
ハリウッド映画の実例に学ぶ映画制作論 - BETWEEN THE SCENES
PICTURING PRINCE プリンスの素顔

など。